エンロンの元CFOから学ぶ

HBSの2年目は全てが選択授業になり、自分が本当に興味のある授業を取れるため、各クラスでの生徒のエンゲージメントも高く、エキサイティングな議論が展開されることが多いです。

今学期はCorporate Financial Operations (CFO)というファイナンスの授業も受講していて、HBS1年目に学んだファイナンスから更に発展した内容を学んでいます。

特に企業のChief Financial Officer (最高財務責任者)の立場から、企業のパフォーマンスを上げるための資金繰り方法、適切なKPI設定、IR戦略などについて議論をしています。
  • アメリカの海外留学プログラムAIFSが為替リスクをヘッジするためには、どのように先渡取引やコールオプションを組み合わせるべきか?
  • IBMが2007年以降、EPS(1株当たり利益)の長期的な目標値を公表した狙いは何か? 企業価値を高める上で、EPSは適切な指標なのか?
  • 香港のディズニーランド建設を融資するために、 チェース銀行はどのような枠組みでシンジケートローンを組成すべきか?
などなど、結構ニッチな内容を取り扱っています。
ケースでプロタゴニスト(主人公)として書かれているCFOをゲストとして授業に招いて、直接話を聞く機会があることも、このクラスの醍醐味です。

そして先日は、かの有名なエンロン事件を取り扱い、事件を引き起こした張本人であるエンロン社の元CFO  Andrew Fastow氏がゲストスピーカーとして来て下さりました!



どんな話をしてくれるのだろうと楽しみにしていましたが、間違いなく僕がHBSに入学して以来、最も印象に残った授業の一つとなりました。

しかも彼の個人のケータイ番号まで共有してくれ、「何か質問があったら、ここにテキストメッセージを送ってくれれば返事をするよ」とまで言って下さりました…!


<エンロン事件とは?>
エンロン社とは米国テキサス州に本社を構え、エネルギーの卸売取引ビジネスなどを行っていた企業です。

2000年にはフォーチュン誌の企業ランキングで全米7位の売上高(1,110億ドル)を誇り、従業員も21,000名超を抱え、米国でも有数の大企業でした。
しかし翌年に巨額の"粉飾決算"が明るみに出ると、2001年12月にエンロン社は破綻しました。

"粉飾決済"に関する詳細はここには書きませんが、簡単に言うと以下等を行っていました。
大量の負債を子会社に付け替えることで、負債額を低く見せていた(→企業としての財務リスクが外部から見えないようになっていた)
・資産から生み出される将来のキャッシュフローを大量に証券化し投資家に売ることで、売上を前倒しで計上しキャッシュを得ていた



<Fastow氏の頭の中>
授業ではFastow氏が、当時どのような考えを持って、様々なディールを行っていたのかについて話して下さりました。

Fastow氏の躍動感のある描写は、その頃のエンロン社内の雰囲気や、取締役会の緊張感がとても良く伝わり、ゾクゾクとしました。

彼は6年間の服役を経て2011年に出所して以来、講演などを通じて多くの人々に企業倫理についてメッセージを伝えてきているようです。
そんな彼のスピーチの一部がYouTubeにも載っていたので、こちらにリンクも貼っておきます。

HBSでスピーチをして下さった際も、冒頭はこのYouTubeの内容とほぼ同じでした。なかなかインパクトのある出だしなので、以下に和訳と共に紹介します。

「私が今日ここにいる理由はただ1つです。私が今日ここに立っている唯一の理由は、私が刑務所に行ったからです。私がエンロンのCFOだったとき、エンロンは売上規模でアメリカで7番目に大きな会社でした。その当時の私には、スピーチの依頼など一度も来ませんでした。しかし今は世界中からスピーチの依頼が毎週のように来ます。ただそれは私が刑務所に行ったことが理由です。それが私が他の人と違う点です。これは最悪な違いです。
私は毎朝目覚めると、このことについて考えさせられ、毎朝恥じています。しかしそれが私が今日ここにいる理由なのです。」
"There is only one reason I am here today. The only reason I’m standing here today is because I went to prison. When I was the CFO of Enron, Enron was the seventh largest company by revenues in America. I was never invited to speak anywhere, not one time. Now I’m invited to speak somewhere around the world, every week if I wanted to do. But it’s only because I went to prison. That’s my distinction. It is an awful distinction to have.
It’s something I wake up, I think about every morning and I’m embarrassed about every morning of my life, but that’s why I’m here today."

そして彼は右手にトロフィー、左手に囚人としての身分証明書を手にし、話を続けます。


「私は同じディール(取引)を通じて、これら両方を手に入れました。何故そんなことがあり得るのでしょうか?
CFOオブザイヤーとして表彰されたディールが原因で刑務所に行くことなど、あり得るのでしょうか?
CFOオブザイヤーに選ばれた一方で、アメリカのビジネス史上最悪の詐欺を犯すことなど、あり得るのでしょうか?
私がCFOであったときにエンロンで行ったすべての取引は、エンロンの会計士、外部監査人のアーサーアンダーソン、エンロンの弁護士、外部の弁護士、銀行の弁護士、エンロンの取締役会によって承認もされていました。そして、情報は何も隠さず開示していました。こんなことがあり得るのでしょうか?」
I got both of these for doing the same deals. How is that possible? How is that possible to be CFO of the year and go to federal prison doing the same deals?
How is that possible to be CFO of the year and commit the greatest fraud in corporate America history doing the same deals?
And let me make it more difficult for you and tell you that every single deal that I did at Enron when I was CFO was approved by Enron's accountants, the outside auditors of Arthur Anderson, Enron's attorneys, Enron's outside attorneys, the banks' attorneys, and Enron's board of directors. And no information was withheld. How is that possible?

Fastow氏のファイナンス・スキームは当時、「革新的」「クリエイティブ」等と高く評価され、1999年にはCFOマガジン誌によりCFOオブザイヤーとして表彰されています。
しかしその2年後の2001年にエンロンは破綻し、Fastow氏は刑務所に入ることになります。

何故そのようなことが起きたのでしょうか?

端的に言うと、彼は「ルールには従ったが、ルールの本質・意図には従わなかった」からです。

その当時の法律では、Fastow氏が行ったディールのほとんどは確かに合法でした。
(グレーゾーンなので様々な見解はあるかとは思いますが)

ある記事にも書かれている通り、彼は詐欺をしていると感じたことは一度もなかったのです。
「私がエンロンにいた頃、自分が詐欺をしているなど疑ったことは全くなかった。」
“When I was at Enron, it never even dawned upon me that I might be committing fraud”

但し、彼は法律の抜け穴を探し出し、法律に違反しない範囲で、どのように周りを出し抜くかを日々探索していました。

「私は正しいことをしていると思っていました。誰もがルールブックを手にしていますが、そのルールを最大限に活用して抜け穴を見つけることで、競争で優位に立てると考えていました。周りの人は私を『最高財務責任者』と呼んでいましたが、私の役職は『最高抜け穴責任者』とでも呼ぶべきでした。それが私が毎日したことの全てです。ルールの意図や目的を回避する方法を探していたのです。」
“I thought that what I was doing was the right thing. The way I thought about it was everybody gets the rulebooks. Whoever can best exploit those rules and find the loophole gets an advantage. They called me CFO, but my job title should have been ‘chief loophole officer.’ That’s all I did. Everyday. Looking for ways to get around the intent or purpose of the rules.”
その当時の会計ルールでは確かに負債を子会社に付け替えて、バランスシート上から外すことは禁止されていませんでした。しかし、そのような会計方法はルールには従っているかもしれませんが、会社の業績を実態以上に良く見せ投資家を欺くために行っていたことは明らかです。

このようなルールの本質に反した意思決定を防ぐためには、以下2つの質問を自分に対して問わなければならないとFastow氏は語ります。
「私はルールに従っているか?」
「私が行っていることは、常識的な考えを持った人間が、通常の環境下で行うことか?」

1つ目の質問の回答がYesだとしても、それは十分ではないのです。


彼のスピーチの中で面白い事例が紹介されました。
米国イリノイ州の州知事  Pritzker氏が最近、不動産として保有する豪邸から全てのトイレを撤去したことが裁判沙汰となっています。

彼は何故トイレの撤去などしたのでしょうか?

それはトイレが無い物件は「居住不可能」と認定され、不動産の資産税が大幅に減税されるからです。

確かに自分が保有する不動産からトイレを撤去すること自体は違法ではなく、ルールには従っています。一方で、ルールの本質はまるっきり無視をしています。

この州知事は、トイレの撤去が大きな問題になると分かっていて、このような決断をしたのでしょうか?
Fastow氏はそうではないと考えます。法律を破ろうと思って罪を犯す人間は本当にごく一部であると。

この州知事は恐らく節税対策を考えていた際、税理士から「トイレの撤去」の案を持ちかけられ、「それは天才的なアイデアだ!法律的には問題ないし大丈夫だろう!」と話に乗ったのだと想像されます。

先ほどの2つの質問に戻ると、「私はルールに従っているか?」に対してはYesですが、「私が行っていることは、常識的な考えを持った人間が、通常の環境下で行うことか?」に対してはNoと言えるかと思います。



<企業で詐欺が起きる理由>
HBSの1年目に企業倫理に関して議論をする際に度々使ったのが、Fraud Triangle (詐欺のトライアングル)というフレームワークです。


Fraud Triangleは「Opportunity(機会)、Pressure(プレッシャー)、Rationalization(合理化・正当化)の3つが揃った時に詐欺が起こる傾向にある」という理論です。
そして、詐欺を防ぐためにはこれら3つの要素を排除していくことが重要になります。

エンロンの当時の状況を紐解くと、上記3つが揃っていたことが想像できます。
Opportunity:法律の抜け穴が存在した、監査も緩かった
Pressure:マネジメントから毎年厳しい売上・利益の目標が言い渡され、「枠にとらわれないクリエイティブな方法で成し遂げろ!」とプレッシャーがかけられていた
Rationalization:「法律上は問題ない」「目標達成のためには仕方ない」「今のところ誰も問題視していない」と正当化する理由が沢山あった


Fastow氏も次のように語っています。
「ディールを請け負う会社は、必ずしもルールを破る必要はなく、抜け穴を見つけ、正当化することで、ポイントAからポイントBに達する方法を見つけることができます。多くの場合、経営幹部や取締役は、意思決定に問題があるとは考えていません。その意思決定を正当化するからです。」
“Companies who underwrite can find a way to get from point A to point B by not necessarily breaking the rules, but by finding loopholes, by rationalizing. Very often, executives and directors don’t see the problem with their decisions – they rationalize.”


<ルールの本質とは何か?>
Fastow氏のスピーチの中でもう一つ印象的だったストーリーがあります。

それはFastow氏の息子が彼に対して投げかけた質問から始まった一連の会話です。

息子 「お父さんがエンロンで犯した罪について僕も詳しく調べてみた。でも、結局何が悪かったのかが、よく分からなかった。お父さんは、ルールには従っていたんだよね?」

Fastow氏 「そうだね。そのことを説明するために、ここで一つ例え話をしよう。お父さんが『未成年のうちは飲酒はしてはいけない』というルールを君に課して、もし君が友達の家に行った時に友達からビールを渡されたら、そのビールを飲むかい?」

息子 「もちろん、飲まないよ」

Fastow氏 「そうか。じゃあ、もし友達がビールの代わりに、アルコールを飲むのと同じ効果がある『酔える薬』を渡してきたら、その薬を使うかい?」

息子 「いや、使わないよ。確かに『酒を飲まない』っていうルールは破る事にはならないけど、ルールの意図はそういうことではないでしょ…?」

Fastow氏はこの瞬間、目の覚める思いをしたとのことです。

自分の息子は、エンロン時代の自分よりも、よっぽど正しい判断基準や倫理観を持っていると。

Fastow氏 「そうだね…。正にその通りだ。ただ、お父さんがエンロンでやったことは、その薬を使用してしまった、ということなんだ。ルールは破らなかったけど、ルールの本質を理解できていなかったんだ。」



彼のスピーチを聞いて、法律・ルールの本質について考えることの重要さに気づかされたと共に、「人は誰でも罪を犯しかねない」という危機感も感じました。

何か迷いを感じた時は、このFastow氏の話を思い出して自分を律したいと思います。

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