企業倫理とは何か? (①オピオイド鎮痛薬の販売戦略)

今学期もかなりバタバタとしており、授業について書く機会がまだ無かったですが、春休みに入って少し落ち着いたので、Leadership & Corporate Accountability (LCA)と言うクラスについて紹介したいと思います。

LCAは企業倫理に関する授業で、白黒はっきりしない「グレーエリア」について、どのように倫理的に"正しい"意思決定をしていくかについて議論をしています。
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学期が始まる前は、
「どうせ『私たちは世の中をより良くするリーダーになる義務がある』みたいな、キレイごとを生徒が口にする、退屈なクラスなんだろうな…」と、正直全く期待していなかったのですが、実際に授業を受けてみると、これが意外にとても面白いし、深い…!

教授が学期の始めに、クラスに向けて言った言葉が特に印象的でした。
「この授業は、『誰かに判断を委ねることができない意思決定』について議論をする。CEO等、組織のリーダーの重要な役割の一つは、白黒はっきりしないグレーエリアに関する意思決定をすることだ。白黒はっきりしていることの判断がCEOにまで上がってきたら、それはむしろ組織の構造、カルチャー、仕事の回し方に問題があると考えた方が良い。
但し、グレーエリアについての判断は誰かに任せることはできず、リーダーとして自分で意思決定をしなければならない。そのような問題に直面した際に、どう判断していくかについてこのクラスでは議論する」

今まで議論したケースの中でも、特に印象深かったケースを2回に分けて紹介します!

① Johnson & Johnson社が開発したオピオイド鎮痛薬の販売戦略
② 日本の年金積立金の管理・運用を行うGPIFの運用戦略


<① Johnson & Johnson社が開発したオピオイド鎮痛薬の販売戦略>
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ケースの概要
  • Johnson & Johnson (J&J) グループの医薬品部門であるヤンセンファーマは、2009年にNucyntaという新しいオピオイド鎮痛薬の販売開始に向けて準備を進めていた
  • オピオイド鎮痛薬は、1970年代以降から米国の医療現場での活用が広がったが、2003年以降は中毒・乱用が問題視されるようになり、規制も強化された
  • オピオイド使用による米国の死者数は、2000年には8,400人、2008年には1万9,600人にまで増加
  • 2009年時点での世界のオピオイド鎮痛薬市場は80億ドル以上
  • Nucyntaは、既存のオピオイド鎮痛薬と比べて、吐き気などの副作用が少なく、中毒性も抑えられることが期待されていた。また、新規化合物による経口摂取の新たな鎮痛薬は過去25年間出てきておらず、Nucyntaが2008年11月に25年ぶりに新たな鎮痛薬として米国市場で認可された
論点
  • 2008年11月に規制当局(FDA)から Nucyntaの販売開始の認可が下りたが、オピオイド鎮痛薬の中毒者や死者が増えている中で、J&Jはこの新薬を販売すべきか?
議論内容
販売すべき派の意見
  • 慢性的な痛みに苦しんでいる患者に効能の高い新薬を提供することが、製薬会社として果たすべき役割である。この新薬の販売を心待ちにしている患者は、世界中に数多く存在する
  • 市場には既に様々な種類のオピオイド鎮痛薬が出回っているため、Nucyntaの販売を停止したからといって、オピオイドの中毒問題が解決される訳ではない
  • 規制当局(FDA)から販売の認可が下りているのに販売をしない、というのはJ&Jの投資家に説明がつかない (フィデューシャリー・デューティー(Fiduciary duty)を果たしていない)
  • Nucyntaは中毒性が低いという臨床結果が出ている上に、規制当局(FDA)も安全性をチェックして、販売しても問題ないと判断されている
  • これまでNucyntaの開発に数億ドル投下してきたため、販売をすることで投資コストを回収しなければ、会社としての経営が成り立たない。そして、Nucyntaの販売で集めた収入を、次の新薬の開発に活かし、様々な病気の新たな治療方法を開拓すべき
販売すべきでない派の意見
  • オピオイド乱用が社会問題になっている中で、オピオイド鎮痛薬を新たに販売することは、J&Jのブランドイメージが著しく低下する。J&Jは医薬品以外にも、一般消費者向けの商品も多く販売しているため、ブランドイメージの低下は医薬品以外の事業の業績にも大きく響く
  • 今後、規制当局(FDA)が製薬会社に、薬の乱用を防ぐためのさらなる対策を講じることを求めた場合、膨大なコストがかかるリスクがある(乱用を防ぐ製造方法への新たな投資、製品のリコールなど)
  • 患者は中毒性のリスクを十分に理解しないまま薬を医師から処方され、そのまま薬を服用し中毒に陥ってしまっているため、新薬の販売は患者のためにならない
  • 既にオピオイド鎮痛薬が市場で使用されているから大丈夫、という考え方は、社会問題から目を逸らしているだけ。J&Jには、長年続いてきた間違った認識や社会問題を正す義務がある
  • J&Jグループは多くの製品を販売しており、様々な収入源があるため、一つの製品の販売を取りやめたからといって、会社の屋台骨が傾くわけではない。J&Jのような体力のある会社がリーダーシップを取ってオピオイド問題を正すべき
最終的な決断
  • 結局、J&JはNucyntaを販売したようですが、その判断が正しかったかどうかは人それぞれ考え方があるかと思います
  • ただし、米国のオピオイド問題はNucyntaを販売した2009年以降も悪化しており、2018年時点で毎日130名超、年間47,600名がオピオイド鎮痛剤の不適切な使用により亡くなったとのことです。コロナウイルスによる死亡者が現時点で全世界で約6,000名ということを考えると、米国だけでこれだけの死者が出ているというのは、恐ろしいです…。
ちなみにこのクラスの教授は数年前にスキーをしていた頃に怪我をして入院し、慢性的な痛みに苦しんでいた際、医師からオピオイドの入った鎮痛薬を処方されかけたらしいですが、中毒のリスクが心配だったため使用を拒否したとのことです。

適切に使用をすれば問題ないし、むしろ患者の痛みを緩和してくれる重要な薬だとは思いますが、知らず知らずのうちに中毒になってしまう方も多いのだと思います。

ただ米国におけるオピオイド鎮痛薬の使用は、OECDの他の国と比べても明らかに突出しています…。
http://www.oecd.org/els/health-systems/opioids.htm


このような「グレーエリア」について授業で議論をすると、自分では思いもしなかった視点も学べ、多面的に物事を考える力が鍛えられます。

次回は、「② 日本の年金積立金の管理・運用を行うGPIFの運用戦略」について紹介します!

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